エリザベートの「史実」ネタを読んでみないかい?

小説もそれ以外も、めっきり本を読まなくなった。理由はシンプルで、文章への持久力が落ちたのだと思う。書くのも、読むのも。
客観的な視点として出されている文章に書き手の自意識を嗅ぎ取ると(観測も記録も世界に色眼鏡を掛ける行為だから、自意識くさくて当然なんだけれど。)疲れてしまうようになったのだ。
特に舞台関係のメディア記事は主観の言葉を事実の言葉として使っているものがほとんどで、自分が観た舞台や見たことがある俳優さんについての記事を受け付けなくなってしまった。こたつレポ騒動があってからは猶更。

そんなわけで、めっきり本を読まなくなった、なんだけど。文章以外の媒体で入ってきた物語の背景をちょんちょんと掘り当たるのは、なぜかあまり疲れない。
というのもあって、エリザベートの関連書籍だけはちょこちょこ仕入れて読んでいたりする。

2022年の史実モノ、ドラマでは「鎌倉殿の13人」、舞台では「エリザベート」が大きく盛り上がったように記憶している。*1
どちらも史実を元ネタとした”フィクション”として、すばらしく作りこまれた作品だ。そう感じた人が多いからこそ盛り上がったのだろうし。
ドラマの出来がよかったことでのめりこみすぎたのか、「ドラマ」と「事実」をまぜこぜにしてしまっている人がちらほら出てきているらしい。困ったもんだ(婉曲表現)という感想をツイッターで見かけたし、そうじゃないところでも見かけた。*2


鎌倉殿の13人は吾妻鏡*3を読んでいただくとして。
エリザベートを観て元ネタに興味を持った人向けの本はまあ、難しいよなあ……とも思う。具体的にはこのあたりが。

 エリザベートは人気題材なので多く出ているが、解説本や伝記の形式を模した小説がちらほら混じっていること。
 皇妃に比べるとフランツ・ヨーゼフ1世ゾフィーの本はほとんどない(少なくとも日本語書籍は)、あっても絶版になっていること。
 西洋の王族同名多すぎ問題(名のオリジナリティ高すぎな日本のほうが特殊なのだが)


というわけで、独断と偏見でお勧めするエリザベートの元ネタ関係書籍を語りたいと思う。「~~5選!」に憧れていたので、5つ。
感情のままに書いたら文字量がずるずる膨らんでしまったので、もうちょっと簡潔にして後で別所に上げる予定。noteとかに。
にほんごを頑張っていた名残でここから丁寧体ベースになりますが、あまり気にしないでやってください。

「怖い絵」で人間を読む』著.中野京子(生活人新書)

・イラストが多い(肖像画を切り口にしているため)
・当時の背景や風習にも触れている
・どの人物にも皺寄せをしない語り口

19世紀~20世紀初頭のウィーンは2章「呪縛の章」で扱われています。その次の「憎悪の章」ではマリー・アントワネットの時代が扱われているので、イケコ演出作品が好きな人にはひと粒で2度おいしいのではないでしょうか。
私はこの本で紹介されている、初子のソフィーが亡くなったときの大公妃の対応エピソードが好きだよ……。フランツヨーゼフの出産に至るまで、不妊と死産(とそれによる人々の口さがなさ)に苦労しただろう彼女が、子どもを喪った母親を一切責めないの人格が表れているエピソードだなと思う。

ところで。著者の中野京子さんが同じ時代の色んな人を同時に扱うときの、それぞれに事情があったよねスタンスで丸く収める語り口が好きです。様々な評価を受けているだろう歴史に名を残しているどの人物へも強い攻撃が向けられていない書籍というのは、手軽に買える新書・文庫の中では珍しいのではないかと思う。わかんない、私が当たってきたのが攻撃的な書きぶりだっただけかも。*4
世界史専攻の友人が作者推ししていたので、公平性や横断性もある程度信じてよさそうだなと思っています。

 

皇妃エリザベート ハプスブルクの美神』著.カトリーヌ・クレマン、監修.塚本哲也創元社,1997)

・図版や写真が多い
・ミュージカル「エリザベート」と視点が近い(気がする)
・シシィの詩(一部)が載っている

シシィ贔屓なんだけど一線引いた冷たさがあって、ルキーニ視点のミュージカル「エリザベート」に慣れた人にはとっつきやすいんじゃないかなと思います。エリザベート暗殺と生に疲れた気難し屋の一面が1章に来るところも、ミュージカルと空気感近く読めるんじゃないかな。
絵や写真が多くフルカラーなこと、組版も目が滑りにくくて読みやすいこともあってとっつきやすさはかなり高めです。「副読本に良い」の書評が目立つので、他の1冊でエリザベートの人生(と、一般的な彼女の評価)を押さえてから読むほうがよいのかもしれません。

巻末に図版の出典や参考文献の掲載があるのも素敵ポイントです。なのですが、ラインナップから見るに監修者が読んだ本だけで元原稿書いたクレマンさんや翻訳の田辺希久子さんが参考にした文献は記載してなさそうで残念。外国の書籍や論文、数の多さや質の見て取りにくさ(慣れてないからだけど)があるから気に入った本の参考文献から選ぶのが気楽だよね。


皇妃エリザベートの生涯』著.マルタ・シャート、訳.西川賢一(集英社文庫,2000)

・分量・語り口ともにさくっと読める
・手紙や日記の文面からの引用(訳は入るが文面のまま)が多い
・(エリザベートの)身内からのシシィ評がある

ふたこと先に言わせてください。
 絶版本紹介してごめん。(①)
 推しを紹介しないオタクがいる!? (②)
私のミュエリザ史実関係最推し書籍はこれです。トップに持ってこなかった理性を褒めてほしい。
相互さんなら郵送で貸すから読んでくれ。ぜひ。読む用と貸す用に2冊あるから。

エリザベートの様々な面を、そのとき付き合いがあった人物との関わりを語る形で描いた書籍です。ゾフィーやルドルフとの関わりを中心に書かれた章もあるから、ミュージカル「エリザベート」のイメージを膨らませる目的で読むにも楽しいんじゃないかなと思いますよ。
フランツ・ヨーゼフ1世と最愛の娘「ハンガリーの子」マリー・ヴァレリーは多くの章に顔を出していて、彼女を最も愛していた2人から見たシシィ像が、無茶無謀を繰り返す史実のエリザベートの印象を和らげてくれている気がします。

私のゾフィー(史実のほう)への印象は基本的に「翼下の者を庇護する国母」*5なんだけど、その根っこはたぶんこの本で紹介されたエピソードです。最初に紹介した「怖い絵」シリーズの印象もあるけど、この本に引用されたゾフィーの日記や手紙に書かれるシシィの姿が「子どもっぽいけど素直な娘」って感じなんですよね。婚約期間の真冬に薔薇の花を贈ったり(p.21)第四子を身ごもった彼女の部屋に自分が会いに行ったり(p.38)、ゾフィーなりに好意や気遣いを示しているようだしさ。

フランツ・ヨーゼフ1世への印象もこの書籍を読んで軟化しました。ミュージカルエリザベート、特に1幕で強調されてる母親贔屓というやらかし*6印象を個人的には払拭した(p.26)のもだけど、この本から読み取れる皇帝陛下、全体的にエリザベートの自由な旅を皇妃としてギリアウトくらいに治めつつご本人はめちゃめちゃ振り回されてるので……。

旅先からの落馬で昏倒したって知らせに気を揉んでたところ、目を覚ました彼女に「最初から覚悟していたことでしょう」とか言われるの(p.107)さすがにかわいそうだなの感情が湧いてしまって……。彼女の奔放にいくら寛容でも妻が馬遊びで死にかける覚悟はしてないでしょさすがに。愛娘には馬に乗らないよう言い含めたから大丈夫、じゃあないんだよ。

あとその……あれっすね、虚実混同の疾しさで目を泳がせながら言いますけど、田代フランツのオタクはゾフィーが書き残したシシィ出産の日のエピソード(pp.27-28)好きだと思うな……。
シシィの妊娠まわりで紹介されるゾフィーの話が妊婦に気遣っているものが多くて(p.26,pp.27-28,p.38)、彼女自身が妊娠*7までに苦労したんだよな(身ごもるまでもだけど、産んだ子の2人を早くに亡くしてるんだよなこの方)というのと併せて読むとじんわりします。ちらっと存在が出てくるゾフィーの書簡集読んでみたいな……。原本をっていうかこの人の翻訳で読みたさがありますね。言葉の当たりが柔らかく私人としての温かさを想像させるこの語り口でがよい。

この本の終わりのほうに出てくるスターライ伯爵夫人が書き皇妃の愛娘マリーが太鼓判を押した回想録(pp.183-184)*8も読んでみたいですね。……いや後者は物理的には読めるんですけどねオープンライブラリで見つけたから……。私の英語力と世界史力が試されてしまう。ないよそんなもの、あるのはソース元への執着だけだよ。この本を訳した西川賢一さんか、あるいは田辺希久子さん翻訳で出版されたりしないですかね……。講談社ぴあ東宝の三社合同で企画してほしいな……。


フランツ・ヨーゼフ ハプスブルク「最後」の皇帝』著.江村洋河出文庫

・数少ない日本語で書かれたフランツ・ヨーゼフⅠの伝記
・感情的な文体で、ドラマ本の感覚で読める
・おじいちゃん時代の和みエピソード多め

フランツ・ヨーゼフ1世の伝記として充実度が高く立派な書籍だと思っています。分厚いけど文庫なのでまあまあ手軽の部類だしね。基本の目線はかなりフランツ贔屓で書かれている印象。
伝記はその人を立てるように書くものだから、*9フランツ・ヨーゼフ1世の伝記がフランツ贔屓なのは正しいと思うんだけど。思うんだけどー……。個人的には同著者の別の本(『ハプスブルク家の女たち』)読んだときにあーうんその割り切りができないタイプで……という認識を持ってしまっていて、個人的には年追うほど苦手になる*10本。

日本語で書かれた数少ないフランツ・ヨーゼフ1世"を"書いた本だし密度も間違いないと思うんだけど(これは本当に)、シシィの伝記やオーストリア帝国の本をいくつか摘んだら筆者のアンチ大公妃ゾフィーの強さに中てられてこの本の前半読めない体になっちゃった。いや何回も言うけど、フランツの伝記に関してはそのあり方(フランツ・ヨーゼフその人を最大限魅力的に語り、複数解釈があるところでは主体の味方となる)が正しいんだと思うんですよ。でもその贔屓目外せないならその時代の他の人を主体に書く仕事には手を出さないほうがいいのでは……ってなっちゃって……。
世界史A+ミュージカルエリザぐらいの知識量(私です)だと著者のゾフィーへの冷遇*11には他の本読むまで気づかない*12と思うので、できたら別の本でゾフィーの人柄や彼女が(フランツ即位前に)オーストリアで果たした役割に触れた後に読んでほしいんだよね……。そういう意味もあってのこの順番です。シシィ没後の皇帝を詳細に記述している書籍は(日本で絶版になってない、少なくとも電子で読めるのは)あんまり多くないようなので貴重だなと思いますよ。


フランツ・ヨーゼフとハプスブルク帝国』著.スティーヴン・ベラー、訳.坂井榮八郎・川瀬美保

・フランツ・ヨーゼフの為政に焦点を当てた本
・ライトめの専門書です、興味あるところを摘んでいけ


先に言っておくとこの本からミュージカルエリザベートが楽しくなる空想を膨らませるのは難易度高いかもしれません。私がまあまあ好きな本だから入れました。
私はこの本から見えるフランツ・ヨーゼフ1世のこと人間らしくて好きなんですけど、私がいう人間くさいは人格的な評価においてはマイナスなので”対岸から見るぶんには”の補足が付きます。己の社会的立場(フランツヨーゼフの場合は国長という公人)としての公正さを放棄して私情に因った判断をし、しかし本人ばかりはその自覚がなく客観的な思考の結果と思い込んでいる、という意味なので……。

「監訳者のあとがき」曰く、フランツ・ヨーゼフ1世の伝記なんだけどフランツ贔屓じゃないという面白い立ち位置の本らしいですね。確かに割かしけちょんけちょんに言われている。ひと言にするなら「旧すぎる」のだ、と。
政治の立ち回りおよび国民の人心掌握の下手さを強めに描かれてるのもあり、あーうんこの人の為政にはシシィの美貌による皇族人気が必要だったな……みたいな気持ちになりました。たぶん(史実的には)間違った感想なのであんまり信じないでね、私は歴史の学びよりミュエリザネタとしての娯楽消費を優先していますからね。

あとやっぱり他の書籍より専門書寄りかもしれない。'21スリルミが中止になったときに勢いで買ったんだけど、ちょっとでかくてちょっと重くてちょっと高かったです。
ウィーンの研究家になりたいのでなければ、一読で全部を理解しながら読むのは無理だな!と割り切っちゃっていいんじゃないかな。私はググったり趣味:ドイツ近代史の友人に凸したり図書館の「れきし」(子ども向け)コーナーに突撃したりしつつざっくり流して読みました。
いやその、私のミュエリザで好きな場面2トップが「オーバーチュア」と「謁見の間」、その次が父子の対立なんですよ……そうなると当時のオーストリア情勢とかゾフィーやフランツの判断が与えた影響とかの情報入れたくなるじゃないですか……。

蛇足番外編

Q.前回入れてたやつは?
A.買ったし読んだし「ロマンス小説」としては出来がいいと思うんだけど、う、う~~~ん

史実の事実とは切り離した読み物・無責任なゴシップとして見られる方には面白い小説だと思います。たとえば太宰の「駆け込み訴え」のように題材はあくまで題材でしかなく、作品の目的は娯楽であって妥当性の高い解説ではないとちゃーんと分かって読めるなら楽しい恋愛小説ですよ。
うーんなのは著者や作品じゃなくてあれをああ*13売り出した出版営業側のモラルさね……。販促帯に桐生操推薦の文字があったことがあり、あー本怖グリムと同ジャンルだよね……の感がありました。

なんていうか直截な感想を述べますと、この本を紹介してたおれの推しは人間の知性と理性(すなわち人の善性だ、と思う)をとても信じているんだなと世界への信頼に心の洗われる思いがしましたが、私は善性の普遍や理性の盤石をちっとも信じていないので関連書籍としては挙げたくないですね……批難ではなく私の人類不信です。少なくともミュージカルエリザを観て虚実を混同してしまう人には読ませたくないかな……。
人間はつまらない真相より面白い仮説を好むものだから、「女には女を」じゃあないが虚構による中傷にはよりロマンチックな虚構をぶつけるのはありなのかもしれません。私は自然科学系の人間だから敗者に正義なし系はあまり承知したくなく、*14今回はリストに入れないだけです。

あの書籍における「ロマンス」つまり、第二子を妊娠したゾフィーに心なくもぶつけられた皇室ゴシップの真偽につきましては、マクシミリアン1世の伝記も書いてる歴史家がこれの10ページ目でまあまあ強めのキレをしてることからお察しください。20ページほどの論文ですがゾフィーの輿入れからマックスを産むまでに全体の半分が割かれており、入手が最も手軽かつまとまったゾフィー資料かもしれません。

 

ゾフィーの死*15やシシィの書いた黒いカモメの詩(夢想王との手紙かも)を文字媒体で読んだ記憶があるんだけど見つけられなかった。ハプスブルク展に際して出されたムックかな……。ソース元を思い出したら置いておきます。

*1:宝塚で「巡礼の年」の風がすげえ勢いで吹き抜けていったけれども、あそこの層は後述するタイプの困ったさんが出にくい印象があるので割愛する。(ショパンとリストの関連書籍は古典音楽詳しい人に聞いてください。)

*2:個人的には'10年前後にヘタリア界隈で見たなその類の困ったちゃん……と思った。

*3:ざっくり言えば義時の愚痴日記。古典ものに関しては個人的に角川ソフィア文庫の形式が好きです。

*4:江村著作から広がったから、調べ始めのほうに読んだのはスケープゴートが明確な本ばっかりだったんですよね……。

*5:ミュージカルのゾフィー様には+αで「厳格」「他の愛し方を知らない」が乗る

*6:Twitterで見かけた初エリザの方の感想「やらかしおじさん」より。見たとき5分くらい笑い転げまして、私は一つ覚えをするのでしばらく頻発すると思う

*7:このPDFの4-6ページあたりがわかりやすいかと

*8:『晩年の皇妃エリザベート』1909出版、らしいです。これ?

*9:と、中学時代の日本史のおじいちゃん先生が司馬遷の『史記』を例に出して言っていた。後で聞いた話、あのおじいちゃん現役の研究者だったそうで。

*10:客観的な視点として出されている文章に書き手の自意識を嗅ぎ取ると(観測も記録も世界に色眼鏡を掛ける行為だから、自意識くさくて当然なんだけれど。)疲れてしまうようになった。

*11:穏便な言い回しをしたけど個人的には”自覚のない憎悪”ぐらいのもんを感じてしまい、主人公じゃないからと言い聞かせながら読んでても覿面具合が悪くなるようになってしまった。

*12:言い換えると、ゾフィーの”したこと”にライトが当たる他の本を1つでも読むと著者の取り上げ方がえらく偏ってるのがわかる……。

*13:史実を題材に膨らませた読みやすくウケも良い妄想を「本当はこうだった(かもしれない)隠された真実」として、の意。創作として読むには楽しいけどあれを事実「かもしれない」と本気で勘違いする人を作り出したらだめだろ……。

*14:ワトソン・クリック、フランクリンでググってくれ。

*15:オペラを鑑賞後に夕涼みしてたら眠り込んでしまい、それが原因の肺炎で亡くなった。なお病人看病に熱心なシシィは例にもれず熱心に看病をしたとか。