ポケモン映画~ココ~を観てきた

名探偵ピカチュウぶりにポケモン映画を観てきました。そもそも映画が名ピカぶりかもしれない。
入ったらカップル2組ぐらいしかいなくて空き具合に戦慄していたら、開始まで5分を切ったあたりで未就学っぽいお子さんがわしゃわしゃ入ってきました。ちっちゃい子に長いこと座って待つのは難しいよな…と親御さんにお疲れ様を禁じえませんでしたね……。我が家は子供を映画館に連れてくのは父の役割だったので、母子率の高さに戦慄したりもしました。お子さん3人連れてるワンオペマミーもいたぞほんとにミイラになっちゃうぞ。

 

ここから下はネタバレを多分に含みます。話を知ってても楽しい映画だけど、初めての色鮮やかさもよきものですね。

 

本編。なんかすごい動くね!? かがくのちからってすげー!
ココの動きが基本ヒトじゃなくて大型類人猿のそれなのすごいなー!と思った。こぶしを地面につけてるのもそうだし、立って歩いてるときもさ、膝を軽く曲げて背中を丸めた類人猿の歩き方なんですよね。
ココが終盤で言っているように、彼は「ヒトでもありザルーダでもある」んですよね。作品の中でも丁寧に描写されているな、と思った。
たとえば、ココがきのみを育てていつでも食べられるようにしよう!と言い出すところ。ココのアイデアに、とうちゃんザルーダは「考えもしなかった」って返しますよね。
あそこでココがしようとしているのは原始的な農耕なんですよね。縄文時代のクリ林をイメージしてもらえればと思います。食料の調達を採集や狩猟から農耕に切り替えたことで時間に余裕ができ、ヒトは文化的ないろいろができるようになった(各説あります)
ポケモン世界観でいえば、他種族のポケモンを理解して仲良くしようとするのもニンゲン独自の特徴だそうですね。それを踏まえると、ココを通してとうちゃんザルーダがホシガリスと友好的な関係を築いていたのは終盤の展開への布石だったのかしら。
ココがザルーダに近づいたように、とうちゃんザルーダもニンゲンに近づいた。ニンゲンの子を育てるところからもともと素質はあったんだけど、他種族のポケモンの助けを借りようと動いたのはココの影響なのだと思います。ココがとうちゃんザルーダを変え、そのザルーダがココの仲間たちを動かしたことで群れのザルーダたちも変えた。美しい展開でしたね……。
ところでとうちゃんザルーダはセレビィの卵出身だと思っているの私だけじゃないですよね。彼のまとってたタオルもずっと"251"、セレビィの図鑑ナンバーが見えていたし。ポケモン映画、かつての子供だった我々世代にもメッセージをくれる……

 

ロケット団(特にコジロウ)が記憶より童顔になっていて、その可愛さに危うくストーリーじゃなくコジロウを追うところだった。髪の毛しっぽにしてるの超かわいい。ムサシもやっぱり美人だし。ウッウのときもちゃんとごめんって言えていい子なんだよなあ。長編のロケット団、利己的ではありながらいいやつ度合いが増してて憎めなさがマックス。

 

「なんで攻撃してくるの!?」に人類の傲慢さを見た気持ちになった。サルポケモンの群れが棲む木を壊すって段階になって初めて「やりすぎ」って言い出したことも含めて。野生の生態系がある森に重機を持ち込んで、しかも木をなぎ倒しながら進んでおいて何故も何もないじゃんね……。家を壊されなければ住んでる町のポストや電柱引き抜かれても構わないわけでもあるまいに。
町がヒトのモノであるのと同じくらいには"未開"の土地は他の生物のモノで自分たちは異物であるという認識がなく、やってることが侵略だって意識がない、まあヒトってそういう種だよね……。

 

そんな感じでした。ぜひ見に行ってほしいなあ。